ドラマティック・ポエム

あなたの心の片隅に置く一冊にならんことを祈って。

通せんぼ

あなたが帰るその道の

ひとり咲いてるスミレ草

風もないのに震えている


あなたのゆく道  帰り道

両手広げて通せんぼ

きっとあなたを通せんぼ

あなたが帰る路地裏で

小さな両手で通せんぼ

あなたの背中のランドセル

怒った顔で振り向いた


ひとりとぼとぼ帰る道

空に描いたあなたの顔に

小さな声で名前呼ぶ

ひとりでゆれるブランコは

ふたりでゆれる夢の中

きっとあなたを通せんぼ

きっとあなたを通せんぼ


砂時計の都市

屈たくのない営みを続けてきた都市

平和な日々と繁栄を誇った都市

家族の愛とやさしさを育んだ都市が

砂時計の砂のように少しずつ崩れて

砂丘に開いた小さな穴から

渦を巻きながら落ちてゆく


都市を彩ったビルも道路も

橋も川もネオンも看板も

それらが少しずつ砂つぶとなって

砂丘に開いた小さな穴から

渦を巻きながら落ちてゆく


砂時計の中でそびえ立っていた都市

都市を型どっていた砂たちの

すべてが下に落ちる時

砂時計の中の時間が止まる

ガラスばりの砂時計の中では

新たな都市伝説がもう始まっていた


エデンの人々 I

若い頃は

他人の役に立つ仕事がしたいと思ったこともあるけど

今ではそんな夢を見るより目の前にある酒を飲むだけの毎日です

本当は何も出来ないのに

何でもこなせるように振舞ったりしていましたが

実のところ

俺の仕事はホロ酔い加減が調度いいので

きびしく仕込まれて来た親方達には

とても俺のスタイルなんか認めてくれる訳もなく

俺は俺で

公園の気の合う仲間達のところで

愚痴をこぼしながら生きているのです

生来働くことがきらいな性分で

このおやじ性格はいいんだけど

仕事だけはしたがらないんだよなァ

なんて若い奴等が俺のかげ口をたたいておりますが

雨が降るとラテンを踊り出すお祭り好きのバールのおじさんとか

毎日洗タク物を木の枝にひっかけるキレイ好きなおふくろさんとか

世間から遠く離れたおやじ達は

どんどん仙人みたいになってゆき

雨の日は理由もなくはしゃぎ廻ったり

天気のいい日はお気に入りの茶色のサンダルを一日中ながめながら

公園の木陰で寝そべって暮らしているおやじ達は

小綺麗なアパートやマンションで暮らしている人々を

羨ましいと思ったことはないのです

こんな親を持った子供達には気の毒だけど

それこそが

おやじ達の生き方なんです


エデンの人々 II

毎日酒を飲みタバコを吸い何の努力もしないで

ただひたすら有名になりたいという夢ばかりみているうちに

とうに半世紀も過ぎてしまいましたが


たぶん長生きし過ぎたのでしょう  気がついたら

自分らしくもない他の時代に迷い込んでいたのです


寒い冬には居心地の良い仲間達と焚き火を囲んで

他愛ないお喋りしながら飲み明かすのですが

いつも同じような  くだらない話ばかりしている自分に気がつくと

何の発展もないおやじ達とさよならするのですが

そんな翌朝には一人二人と

見憶えのある顔がいなくなってゆくのです


どんな星の下に生まれたかはともかくとして

憎しみも悲しみもダンボールの隙間から降る雨に

きれいさっぱり流してしまう  おやじ達の生き方は

俺の心にはまぶしいのです

生き方を知らない筈のおやじ達から

本当の生き方を教えられたのです

どんなドン底に落ちても平気だったおやじ達も

最後はコップ一杯の水さえなくなって

誰にも知られることもなく

この世から消え去って行くのです

公園の片すみに咲く、朝鮮アサガオみたいに


住所(アドレス・アイデンティティー)

私の心は上の空  みたいな所にありまして

風吹く街を行く蝶々みたいに

時には他人の肩に止まって

生きている人達が住んでいる住所を

訪ね歩いているのですが

いくら尋ねても家族の自慢話や

昔の想い出話するばかりで

本当の住所ははぐらかされるばかりで


かと言って私の住む世界には住所がなくて

たぶん現実の世界とは障子一枚へだてた所にあって

その障子の裏に回ると私の姿は消えていて

突然あなたの住所はと聞かれましても

とんと心当たりはございませんが


実のところ私の心には不満がいっぱい吹き荒れていて不満という風に常に吹かれて荒野をさまよい歩くので

とても仕事なんかする気にもなれなくて

きっとたぶん皆さんの住む世界には

私のアドレスはなくて

少なくとも私といたしましては

せめて意地の張り合いのない所に

住もうということになりました


だいぶ話が曲がりくねって了いましたが

もし私に御用のある方は

あなたの部屋の鏡の前で

三回手を振ってお待ち下さい

特にアッカンベをしてお待ち頂けると

本当の私の姿がよく見えてくるかと思います


老人と人形

ある日

老人の部屋から

日本人形のあやちゃんが

    消えてしまいました

街ゆく若い女の子に

    声をかける老人を

あの病気がちの瞳が

    見透かしていたのでしょう

そんな老人を見限って

あやちゃん人形はきっと

    家出したのです

彼女は人形ではなくて

    本当の人間だったのかも知れません


男は皆浮気者だけど

老人が本当に好きだったのは

    やっぱり人形のお前だけなんだ

あやちゃんのいない生活に

    すっかり元気をなくした老人は

押入の片すみで

ほこりだらけになって

じっとカベを見つめています

    捨てられた人形みたいに


ターミナル

駅前にたたずむ車達を

バスのクラクションが追い立てる

そんな夕暮れ時 ターミナルに着いたバスから

にぎやかに降りたつ学生たち

僕とすれちがう学生たちは皆若い

僕だけが年を取ってゆく

若者達はてんでんに散ってゆく

焼肉屋の夜のバイトへ

彼氏の待つアパートへと

それぞれの夢に向かって

てんでんに散ってゆく


僕を待っているのは老いぼれの街

はるか異国を目ざすにはもう遅すぎる

駅前の歩道に座り込んだ僕を

パイプをくわえた大きな犬が見おろしていた

まだ乗ったことのないメトロの階段を降りると

どんな世界にたどり着くのだろうか

僕はもう何処へも行きたくない

クリスマスのイルミネーションはまだ来ないけど

バスを待つベンチに座って

小さなロマンのかけら探そうか